高岡市議会 2016-12-04 平成28年12月定例会(第4日目) 本文
高岡は、皆さん御存じのとおり、加賀藩2代藩主前田利長公が築いた高岡城の城下町として発展し、高岡城の廃城後は3代利常公によって商業都市として発展したまちであります。高岡では、金工、漆工、菅笠づくりといった歴史と伝統を反映した工芸・民俗技術が受け継がれ、また高岡御車山祭や伏木曳山祭や各町内に伝わる獅子舞など、地域固有の祭礼・年中行事が今も営まれています。
高岡は、皆さん御存じのとおり、加賀藩2代藩主前田利長公が築いた高岡城の城下町として発展し、高岡城の廃城後は3代利常公によって商業都市として発展したまちであります。高岡では、金工、漆工、菅笠づくりといった歴史と伝統を反映した工芸・民俗技術が受け継がれ、また高岡御車山祭や伏木曳山祭や各町内に伝わる獅子舞など、地域固有の祭礼・年中行事が今も営まれています。
御車山は、皆さん御承知のとおり、御所車を2代目藩主前田利長公が1609年に高岡城を築くに当たりまして町民に与えられたのが始まりと伝えられております。
金屋町の歴史は、加賀百万石、2代目藩主前田利長公が隠居して高岡に移り住んだ際、高岡城を築城し、城下町としてまちづくり、産業づくりを行った際、高岡城に入城して2年後の慶長16年9月21日、西部金屋から7人の鋳物師を呼んで町を開いたことは御周知のとおりであります。 本年は節目の400周年になります。
利長くんは高岡のまちを開いた加賀藩二代藩主前田利長公をモチーフに、平成19年7月、高岡市立博物館の常設展示リニューアルの際にミュージアム・キャラクターとして誕生したものでございます。
今から400年前の慶長14年に、加賀藩2代目藩主前田利長公が高岡城を築き、入城されたこの記念すべき日をみんなが待ち望んでいました。 高岡市民は、先人たちから脈々と受け継がれる産業や文化を大事にするとともに、新しいものを取り入れ、常にまちのあるべき姿を示してきたことと思います。それが銅器や漆器をはじめとした伝統産業であり、アルミ産業などの近代産業がよい例だと思います。
慶長14年(1609年)9月13日に、加賀藩2代目藩主前田利長公が高岡城を築城し、高岡のまちを開いてから、ことしは400年の節目の年を迎えます。
〔開町四〇〇年記念事業特別委員長(山沼茂敏君)登壇〕 82 ◯開町四〇〇年記念事業特別委員長(山沼茂敏君) 慶長14年、西暦1609年9月、加賀藩二代藩主前田利長公が高岡城に入城以来、400年目の9月13日まで、市役所1階のカウントダウンボード
その目的として、加賀藩二代藩主前田利長公により奨励されてきた銅器や漆器の伝統産業をはじめとしたものづくりのまちとして発展してきましたが、従事者の高齢化や後継者の不足が進み、地場産業の低迷が問題となっているとして、伝統産業、地域産業関係機関等との連携のもと、市立小、中、養護学校の全40校にものづくり・デザイン科を必須科目として設置し、実技体験等を取り入れた授業を通し、伝統文化、技術の継承や人材育成、ものづくりのまちの
本市は、西暦1609年(慶長14年)に加賀藩二代藩主前田利長公によって開かれ、2年後の平成21年には開町400年の記念すべき節目の年を迎えます。先人の英知と努力に感謝しながら、今日の繁栄を祝い、高岡のさらなる飛躍を目指して力強い歩みを始めるためにも、市民が一体となって、高岡開町400年一色に染め上げるような記念事業を行う必要があると考えております。
慶長14年(1609年)に、加賀藩2代藩主前田利長公の高岡城築城に伴って開かれた現在の市街地を中心に、明治22年の市制施行時に市域面積が2.04平方キロメートルでスタートした高岡市が、今では総面積209.38平方キロメートルとなりましたが、それぞれの地域にはさまざまな歴史と文化が根づいております。
さて、高岡市は、2年後の平成21年には、加賀藩2代藩主前田利長公が関野の地に城を築き、高岡の町を開いて400年という節目の年を迎えようとしています。そして、その前途には、能越自動車道氷見インターチェンジの供用開始、東海北陸自動車道の全線開通や北陸新幹線の開業など、21世紀の高岡の骨格となる社会資本整備の順調な進展が期待されています。
来る平成21年には、加賀藩二代藩主前田利長公が慶長14年に高岡城に入城し、高岡の町を開いてから400年の記念すべき節目の年に当たります。
西暦2009年は、加賀藩2代藩主前田利長公が高岡城に入城し、高岡の町を開いてから400年の記念すべき年に当たることは皆さんも御存じのとおりでございます。 この開町400年に向け、本市においても過去の歴史を振り返るとともに新たな発展を目指すという観点で記念事業に関する検討を行うため、高岡開町400年記念事業検討懇談会が設置され、本年3月に高岡開町400年記念事業に関する報告書が出されました。
御存じのように、高岡は加賀藩2代藩主前田利長公によって慶長14年、1609年に開かれ、平成21年、2009年が開町400年に当たるわけであります。その記念すべき年に向け、これまで学識経験者や各界各層による高岡開町400年記念事業検討懇談会が設置をされ、検討を重ねられるとともに、議会としても開町400年記念事業特別委員会が組織をされ、先般、委員会も開催されたところでございます。
加賀藩2代目藩主前田利長公によって開かれた高岡は、4年後の2009年(平成21年)に開町400年を迎えます。このことを重要課題と位置づけ、我々市議会も開町400年記念委員会を設置し、協議を行うこととしております。 そこでまず、現在行われている記念事業検討懇談会での審議状況をお聞かせください。
新市の前途には、東海北陸自動車道の全線開通、そして平成26年度までには北陸新幹線の金沢までの開業など社会資本整備の順調な進展が期待されているほか、加賀藩第2代目藩主、前田利長公が町を開かれてから400年の節目を迎える黄金の10年が待ち受けているものでございます。
さらにこの間には、加賀藩2代藩主前田利長公が高岡の地に城を築き、町を開かれてから400年の節目も迎えることとなります。まさに今、高岡はこの黄金の10年を走り始めたところであります。
御案内のとおり、西暦2009年、平成21年でございますが、加賀2代藩主前田利長公が1609年、慶長14年でございますが、高岡城へ入城し高岡のまちを開いてから400年に当たるわけでございます。また、市制施行120周年の記念すべき節目の年にも当たるわけであります。
西暦2009年、これから5年後が加賀藩二代藩主前田利長公が高岡城に入城され、高岡の町を開いてから400年に当たるわけであります。 本市では、これまでの400年の歴史を振り返るとともに、これを契機に本市の新たな発展を目指すために、高岡開町400年記念事業、これにつきまして検討を進めていくということで佐藤市長さんの方から、前市長さんから引き継ぎを受けておるわけであります。
ちなみに、「まち衆会」のこの名称について申しますと、加賀2代藩主前田利長公没後、みずからの知恵と才覚で北陸に冠たる商業都市、高岡のまちをつくりあげたまち衆の力にあやかりたいとの願いが込められているそうであります。 今、このまち衆会の方々は、みずからが掲げた目標の実現に向けて一歩一歩地道な努力を重ねておいでます。